集客軍師カヤマナオのプロフィール

ZEROTOP DESIGN WORKS(ゼロトップデザインワークス)は、集客軍師を名乗るフリーランスクリエイターのカヤマナオが運営する個人事業のデザイン事務所・広告宣伝集客プロデューサーです。

集客軍師を名乗る理由

2008年にスタートした時、ZEROTOP DESIGN WORKSは、紙媒体を専門にデザイン制作する「町のデザイン屋さん」でした。

しかし、時が経つに連れ、ホームページの制作やブログの制作、SNSの活用、動画制作など、取り扱い業務の範囲は次第に大きくなり、「広告全判の企画・制作をプロデュースする広告なんでも屋さん」へとランクアップします。

さらに、広告や紙媒体、ホームページは「作る」だけではなく、正しく「運用」することで、より大きな宣伝効果が得られることから、「ただ制作する」ことから脱却し、「お客様の広告宣伝活動を全面的にサポートすること」がメインの仕事になります。

そんな時、深谷市で福祉施設を運営している企業様とお仕事をさせていただいた際、ゼロトップデザインワークスの企画・運用した広告や戦略によって「新規施設の利用者をスピード集客」、「主催した講演会に100人以上の集客」といった成果を出したことで、社長様から「あんた軍師だねえ」というお褒めの言葉をいただきました。

それこそが「集客軍師カヤマナオ」の始まりであり、単なる「グラフィックデザイナーだった私」が、「様々な手法を使って、お客様の広告・宣伝・集客をサポートする集客軍師」へと進化したきっかけとなったのです。

それ以来、私、カヤマナオは「集客軍師」として、地方で闘う個人事業主や商店、中小企業の経営者様と力を合わせて、様々な案件に全力で取り組んでおります。

カヤマナオとは何者なのか?

カヤマナオの公開できるプロフィール

名前香山 直(かやまなお)
性別上州男子
身長1790mm
靴のサイズ300mm
誕生日9月28日
出生地群馬県太田市
学歴・職歴群馬県立太田東高校卒
群馬大学社会情報学部卒(社会倫理理想研究室)
地方フリーペーパー編集部勤務を経て
育成枠で小規模デザイン事務所に入団
小規模印刷会社に完全移籍
2008年にゼロトップデザインワークス設立
血液型極めて純粋なA型
好きな食べ物漬け丼、スペアリブ、炭酸水、牛乳プリン
嫌いな食べ物ホルモン、アルコール
趣味サッカー・フットサル・キャンプ・物語・育児
サポーター鹿島アントラーズ、ユベントス、リバプール
好きな作家三谷幸喜、古沢良太
東野圭吾、乙一、森見登美彦
浦沢直樹、オノ・ナツメ、石塚真一など
大事なモノ家族、健康、個性
座右の銘ポジティブシンキング
瞋恚は三毒の一つなり
心火を燃やしてぶっ潰す
好きな仮面ライダー仮面ライダーグリス
好きなウルトラマンウルトラマンゼロ
特殊能力素敵な文章をつづる
奇抜なアイデアや企画を創出する
悪の怪人役として息子たちの攻撃を受け続ける

カヤマナオの略歴

1979年群馬県太田市にて香山家の長男として生を受ける。 黒光りするおさるさんのような風貌だったが、次第に人間に進化し、現在は一応、人類の形状をしている。
1983年なかよし幼稚園に満を持して入園。 学友となかよく過ごすこともなく、孤高の園児として自らのお遊び道を邁進する。お泊り保育で強制されたナスの味噌汁によってナスがトラウマ化するが、類まれなる精神力で30代半ばにして克服する。
1986年引っ越しをした未開の地で小学校入学。 どうやって友達100人作ろうかと悩んだが、100人もいらないと気がつく。4年生から少年野球を始め、1番セカンドとして小さく活躍。将来の夢は「プロ野球選手」。
1992年中学に入学し、運命(ディスティニー)を感じてサッカー部へ入部。甲子園ではなく国立を目指す。初めてみたプロサッカーの試合がジーコ率いる鹿島アントラーズだったため、そこから鹿島一筋の鹿人生が始まる。
1993年ドーハの悲劇を体験し、矢吹ジョーの気持ちがよく分かる。
1995年家から一番近いから、という不純な理由で県立太田東高校へ入学。 さして楽しくない高校生活を送る。 サッカー部では怪我に泣かされ、受験勉強と教習所に泣かされ、涙も枯れ果てる。
1997年38度の高熱に寝込みながら、ジョホールバルの歓喜を体験する。生きてて良かったと初めて思う。
1998年家から一番近く学費が安い国立大という不純な理由から、群馬大学社会情報学部に入学。 1年時は、高校教育とさして変わらない学習内容に嫌気がさし、本気で退学を考えるが、恩師である教授の倫理思想研究に遭遇し開眼。3年時から、学内でも変わり者ぞろいで密かに有名な社会倫理思想研究室に所属し、その「変わり者っぷり」を存分に発揮する。 第二外国語は「フランスワールドカップがあるから」という理由でフランス語に。すぐに後悔する。 卒業論文は、貴志祐介著「青の炎」を題材にした「ココロノヤミ」というタイトルのダークながら、高らかに愛を唄った迷作で、指導教授に「もうそのへんでやめておきなさい」と釘を刺されるほどの大長編であった。
2002年就職活動なんてやなこったい、と時流に逆らい、大学四年時よりアルバイトをしていたフリーペーパー制作会社に入社する。 営業、記者、編集をバリバリとこなし、ここで初めて「デザインの道具としてのMac」に出会う。 その後、「ある種音楽性の違い」から、退社し、タイミングよく始まった日韓ワールドカップを片っ端から堪能する。 ベルギー戦、鈴木隆行のつま先ゴールは、人生史上最高のゴールとして、現在もランキング一位を堅持し続けている。
2003年ハローワークの若年トライアル雇用で、どういう訳かデザイン事務所に就職し、なぜかグラフィックデザイナーになる。トンボも知らないのに、印刷のデータを作成し、ことごとく損失を出す。 女子だけの職場に慣れ、何の違和感もなく女子会に参加出来てしまうおねえ体質を獲得する。
2004年スーパーのチラシを作ってサンマやマヨネーズやらを並べる生活に嫌気が差し、職場をチェンジ。将来の独立を見据え、すべての工程を堪能できる小さな印刷所を狙って就職する。
2006年我らがゴールデンエイジの集大成となるはずだったドイツワールドカップで惨敗し、リビングにて中田ポーズで打ちひしがれる。 母親に「外で寝ろ」と言われる。
2008年ストレスからじんましんがあっちこっちに発症するようになり、「このままでは死んでしまう、かゆすぎて!」と発作のようなカタチでサラリーマンとはさよならバイバイし、 その春、満を持してZEROTOP DESIGN WORKSを設立。 太田の片隅で、ひっそりと、誰にも知られないように活動を始める。
2009年自分が似顔絵を描けることを知り、 似顔絵名刺の専門サイト・名刺魂5005を開始する。
2010年南アフリカワールドカップを堪能する。 日本代表が予想外の活動を見せると「俺は岡ちゃんやると思っていた」と周囲に吹聴して回る。
2011年誰でも簡単に更新ができるホームページサービスJimdoを使ったホームページ制作・ホームページ魂を開始する。
2012年愛妻と電撃スピート入籍し、周囲に「何なんだあいつは」と反感を買う。
2013年ゼロトップ熊谷支店「ゼロクマ」を開設し、ホームページをJimdoにて制作。 NPO法人デザインファーム21の監事に就任する。
2014年ゼロトップ2014〜魂革命〜を合言葉に、それはもういろいろなことをやろうと画策する。 単なるデザイン制作を超えた企画立案からフィニッシュまでのプロジェクトを担当する機会が増え、企画の達人として「東毛の小山薫堂」になると心に決める。 ブラジルワールドカップで惨敗する日本代表を観て「世の中うまくいかねえなあ」とつぶやく。
2015年2月に長男が生まれたことで、自動的に「パパ」の称号を手に入れる。「乳は出ないが、父にはなれる!」を合言葉に日々、おむつを変えるスピードと正確さに磨きをかける日々を送る。
2016年太田市で家を購入し、熊谷からリターンエース。 35年ローンという呪いの言葉に負けず、のほほんと暮らす。 印刷物制作、ウェブデザイン、コピーライティングはもちろん、広告宣伝プロデュースや集客コンサルタントとしても、暗躍。
2017年2歳の息子に「アンパンチ」でめった打ちにされる幸せな日々。 ライティング事業を強化し、WEB制作会社様からご依頼をいただいて、取材・執筆を精力的に行う。
2018年次男が誕生し、再び、ミルクづくりとおむつ交換をメインとした人生を送り始める。 鹿島アントラーズと香山直の悲願だったACL制覇を達成し、男泣きする。
2019年活動を休止していたフットサルクラブ「A.C.SPADA」を再起動し、GM(ゼネラルマネージャー)に就任する。

香山直のパス

カヤマナオが本当にフットサルをやっている証拠です。2014年の映像ですが、パスを出している背番号13がカヤマナオ。アリウープ的な素晴らしいオーバーヘッドキックを演出するループパスを出していますね。